世の中には、「自分は父や母(あるいは近い親族など)と同じ年齢で死ぬ運命だ」と信じている人が数多く存在します。たとえば、がんが原因で59歳で他界した父を持つ人は、「自分も59歳でがんで亡くなる運命だ」と思い込んでいる人が多いようです。
そして、実際にその年齢で亡くなるケースも、実は少なくありません。
また、ある女性は「死にたい!いつも死にたいと思っていた。自分は何もできないし、何の役にも立っていないから……」と興奮して叫んだ瞬間に、突然倒れて亡くなったといいます。
このような事象は、まるでオカルトのように謎めいた力が働いている不審な出来事に感じられます。
不審な事例といえば、世界の一部の文化において記録されている、呪いをかけられた人が本当に死亡するケースなども無視できません。
たとえば、オーストラリアの原住民であるアボリジニの社会では、「ボーン・ポインティング(Bone Pointing)」と呼ばれる呪いをかけられた人が、食事を摂ることができなくなり、やがて衰弱死するという事例が記録されています。
ハイチや西アフリカなどの民間信仰として知られるブードゥー教でも、呪術による死亡事例が多数報告されています。
親の死亡年齢と同じ年齢で自分も死んでしまうと思い込み、実際に亡くなる人。
そして、呪術によって実際に亡くなる人。
両者ともまるで超常的な力が働いた事例のように見えますが、実はいずれも心と体のメカニズムによって生じた出来事なのです。
今回は、「呪い」のメカニズムを科学的に紐解き、両者がどのようにして死に至るのかを解説すると共に、呪いを跳ね返す方法をご提案します。
“呪い”の事例

呪いのメカニズムについて解説する前に、まずは現実で実際に起こった“呪いの事例”をいくつかご紹介します。
“死の宣告”の事例
オーストラリアの原住民や、ブードゥー教圏の原住民の間では、特定の人間に対して死を宣告する呪いの方法が見られます。先述したボーン・ポインティングの場合、骨で作られた杖で指すことで、その人物の死を宣告して呪いをかける──といった具合です。
死を宣告された者は「自分は呪われた」と信じ、絶望から無気力になり、食事を摂ることもできなくなってやがて衰弱死します。これらは「ブードゥー死」と呼ばれ、実際に短期間のうちに亡くなってしまうケースが多数確認されています。
死亡事例が増えれば増えるほど「呪い」は信憑性を帯び、骨の杖に指された者はいっそう気に病み、呪いらしき効果が増大するのが皮肉なところです。
こうした事例は枚挙に暇がなく、米国の生理学者であるウォルター・B・キャノン博士が1942年に「呪いによる死亡事例」をまとめた論文「”Voodoo” Death(ブードゥー死)」に詳しく記録されています。この論文は発表と共にさまざまな分野のエキスパートの注目を集め、アメリカ人類学協会誌である「American Anthropologist」に掲載されました。
陰陽師の事例
実は日本にも、呪いの文化があります。「陰陽師(おんみょうじ)」という言葉を一度は聞いたことがあるでしょう。陰陽師は、古代日本の国家制度において、公的な職として正式に認められていたいわば当時の公務員です。
漫画や映画などで描かれる陰陽師は、あたかも悪霊対峙の専門家といった具合ですが、実際には気象観測や暦の作成、時刻の測定など多岐に渡る職務に就いていたといわれています。フィクション作品の中で描かれる悪霊退治や呪いなどを生業とするのは、陰陽師ではなく「呪禁師(じゅごんし)」と呼ばれる人たちでした。
呪禁師は言うなれば、陰陽師の前身となる公的な役職です。古代日本において呪禁師は、病気の治療や安産のために欠かせない存在だったといいます。古代中国の民間信仰であった道教の影響を受けている呪禁師は当時、病気の原因となる邪気を祓う治療を行っていました。
しかし、やがて人の命をいとも簡単に奪うほどの呪禁師の呪術の力が危険視されるようになり、8世紀末期頃には呪禁が禁じられ、9世紀には呪禁師の制度そのものが消滅したとされています。その後の陰陽師の活躍は、皆さんご存知の通りです。
ツタンカーメンの事例
「ファラオの呪い」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。1922年、エジプトにてファラオ(古代エジプトの王)の呪いと思しき不思議な出来事が起こりました。
考古学者のハワード・カーター氏が率いる探索チームが、エジプトのツタンカーメン王の墓を発掘した際のことです。直後に出資者であるカーナーヴォン卿が原因不明の熱病で死亡。さらに、発掘に関わった数人の関係者も不可解な死を遂げたのです。
王家の墓への侵入というタブーを侵したことによる「王の呪い」として、この出来事は多くの人々に恐れられました。
また、この出来事は社会現象となり、ファラオの呪いをモチーフとした映画や小説、ゲームなどさまざまな作品が制作されました。
“呪い”の正体とは

タブーを侵した罪の意識で人が亡くなったり、信仰に背いた結果、罪の意識で人が亡くなったりするケースはたくさんあります。
土地の慣習に背いたり、亡くなった親と同じ年齢に差し掛かって絶命したり、呪いをかけられて亡くなったり……。
実はこれらの大半は「ネガティブな思い込み」によって生じたストレスが原因で、心身が病的に衰弱し、死に至ってしまったケースだと考えられています。
人は、信じていることに背いたり、呪いをかけたと宣言されたりして、極限的な絶望感に襲われると、交感神経や副腎、延髄系が体のエンドルフィンレベルを上昇させ、心拍数や血中グルコースを上昇させます。こうして「逃げるか戦うか」の指令を体に発するのです。
もちろん、「自分はこれから死ぬのだ」あるいは「死ぬかもしれない」という不安や恐怖に駆られた場合も同様に、大きなストレスから体はさまざまな反応を起こします。
たとえば、恐怖心は自律神経と副腎髄質を過剰に刺激し、ショック状態や血圧異常を引き起こすことがあります。自分の状況が絶望的と信じ、生きることをあきらめてしまうと、副交感神経の働きが異常なほど活発になり、心臓の動きが危険なほど鈍化することもあります。この現象は言うなれば「死への備え」で、死に伴う痛みや苦しみを軽減する効果があります。
つまり、人の体は絶望すると意外なほど弱くなるのです。食べ物が喉を通らなくなったり、免疫力が低下して感染症や炎症を発症しやすくなったりすることもありますが、重度だと血圧が低下してショック状態となり、死に至る場合もあります。
極度のストレスにさらされると、心臓発作や脳卒中などのリスクも高まります。
歴史上においても、実際に極度のストレスにより重度の障害を負ったり死亡したりしたケースを多数確認できます。具体的には太平洋戦争後にA級戦犯として終身刑を宣告された木戸幸一や、第二次世界大戦中に服毒自殺をしたハインリヒ・ヒムラーのケース、絶えない批判による過度なストレスが原因で心不全にて亡くなった漫画家、富永一郎氏、ロッキード事件などによるストレスが原因で脳梗塞を発症して死亡した田中角栄元総理大臣のケースなど、枚挙に暇はありません。
「呪い」の機能は、極度の恐怖心や不安感により発動するわけではありません。「解決策がない」という絶望感により発動すると考えられています。つまり、どんな状況に置かれても恐れない人や、希望を捨てない人、あきらめない人は、原則として「呪いにかからない」あるいは「かかりにくい」ということでもあります。
思い込みが人のコンディションをいかに大きく左右するかについては、「健康の秘訣は「思い込み」だった⁉ 心が体を生かす人体の神秘」にて詳しく解説しています。併せてご覧ください。

ちなみに、呪いに関する出来事のすべてが「思い込み」によるわけではありません。
たとえば、先述した呪禁師は日本で記録されている数少ない「呪い」の歴史ですが、呪詛のほかに実際には蛇やサソリ、虫などの毒を使用して人を殺めていた可能性も示唆されており、詳しくは明らかになっていません。
また、ファラオの呪いに関しても、現在では墓内部にあったカビや細菌の影響による事故と解釈するのが一般的です。ただし、関係者が呪いの存在を信じていたことが影響し、免疫力が低下していた可能性は十分に考えられます。
「呪い」というとオカルトチックな疑似科学をイメージしがちですが、実際には人間の心理や脳、人体のメカニズムにより発動する「科学」なのです。
呪いを跳ね返す方法

「呪い」が「思い込み」により効力を発揮するものだということは、おわかりいただけたと思います。
高名な呪術師に呪いをかけられると、その権威性も影響し、より呪いが効きやすくなるでしょう。呪いをかけられた方が「自分はもう助からない」と思い込むことにより、初めて呪いが機能します。つまり、呪いを跳ね返すには「自分自身の思い込みをコントロールする」必要があるのです。
とはいえ、極限状態にありながら、そこまで強い心を維持できる人間はあまり多くないかもしれません。戦時中は、健康的だったのに急死したり、病原菌に感染していないのに死亡したりする兵士がいました。訓練を受けた兵士ですら、極限状態で心を正常に保つのが難しかったのです。
「あきらめが生命力を奪う「あきらめ症候群」のリスク」で詳しく解説したように、あきらめや絶望は人を死に至らしめます。
逆に言うと、希望こそが生命力の源ということでもあります。

呪いを跳ね返すには、どんな境遇に置かれても希望を失わない姿勢や、復活や逆転のチャンスの到来を信じる姿勢が必要なのです。
ストレス下でのコントロール不能による無力感が、心身に壊滅的なダメージを与える症例は世界中で報告されています。極度の環境にありながら希望を持ち続けるというのは、人間にとってそれだけ難しいものなのかもしれません。しかし、だからこそ日頃から前向きな姿勢や楽天的な態度を心掛け、希望や期待をデザインする習慣を身につけておきたいところです。
【参考サイト】
・National Library of Medicine「Walter B. Cannon and “ ‘Voodoo’ Death”: A Perspective From 60 Years On」


