人生に挫折したり深刻な病に絶望したり……。生きているとさまざまな壁にぶつかったり苦悩を抱えたりするものです。そんな時、「負けてられるか!」とポジティブに奮起する人もいれば、「もうダメだ……」とネガティブに絶望する人もいるでしょう。
実は、物事に対してポジティブに反応するか、ネガティブに反応するかによって「病気の発症率が大きく変わる」ことをご存知でしょうか。ひいては、生存率を直接左右するケースも珍しくありません。
今回は「あきらめ」の感情が引き寄せる深刻かつ現実的なリスクについて解説します。
「あきらめ」のリスク

特定の状況や環境下で、自分の行動や努力が報われないと感じ、生きる意欲や希望を失ってしまう「生存放棄症候群(Resignation Syndrome)」という症状があります。通称「あきらめ症候群」です。
あきらめ症候群が最初に報告されたのは、福祉国家として他の欧州諸国よりも多くの難民を受け入れてきたスウェーデンにおいてのことです。
あきらめ症候群は当時、難民申請が認可されなかった難民や移民の子どもが発症する謎の病として注目されました。
主な症状として、まず不安や不機嫌症といった比較的軽度な症状から始まり、やがては話すこともやめて無気力状態に陥り、最終的には寝たきり状態、症状が重くなると食事はおろか目を開くこともやめ昏迷状態(一種の意識障害)となるのが特徴で、最悪の場合は衰弱死に至る恐れもあります。
あきらめ症候群の原因は完全には解明されていませんが、スウェーデンのケースでは7~19歳の若年者の発症が多く、男女比率は2:3、民族的マイノリティの患者が多いことがわかっており、過酷な体験による心的外傷により生じる可能性が示唆されています。
簡潔にまとめると「絶望することで生じる心身症」であり、スウェーデンでは医学的に正式に認められた病症で、「抑うつ的活力喪失(Depressive Devitalization)」や「広汎性拒絶症候群(Pervasive Refusal Syndrome)」と呼ばれることも。
心身症ではありますが、厳密には心理的要因のみで発症するわけでなく、脳機能と深く関与する症状と見られています。
また、患者には一定の身体症状が見られるにも関わらず、検査では異常が認められないのも特徴的です。
あきらめ症候群は「スウェーデンでのみ観測された病」と言われることがありますが、実は世界中のあらゆる環境にて似た症状が記録されています。
たとえば、スウェーデンとは地理的にかけ離れた南太平洋の島国、ナウル共和国でも同様の症例が報告されています。
ナウル共和国のあきらめ症候群の患者もまた、ナウル地域処理センター(Nauru Regional Processing Centre)に収容された、難民認定を求める渡航者たちでした。
彼らの大半は心的外傷を負い、プライバシーのない劣悪な環境で生活し、職員からは番号で呼ばれていました。6割の人が自殺願望を持ち、実際に3割の人が未遂を起こし、最年少は9歳だったといいます。
現地の人々のメンタルヘルスケアを担当した、国境なき医師団のメンバーでありニュージーランドの精神科医でもあるベス・オコナー博士は、彼らの症状を「あきらめ症候群」と結論しました。
これら「あきらめ症候群」の症例からわかるのは、「絶望」や「あきらめ」が心身の健康や脳機能に、いかに強く影響するかということです。
心の傷を抱えた人が何年にもわたり先の見えない状況に置かれ、生きることをあきらめたような状態に陥るのが「あきらめ症候群」に共通することです。
病魔を引き寄せる「あきらめコンプレックス」

「あきらめ症候群」と似た概念に「あきらめコンプレックス」があります。
ニューヨークのローチェスターの精神医療専門家チームが、数百人に対して20年にわたる調査を行ったところ、病気になる人はその直前にストレスを強度に感じる出来事に直面していたり、直面した問題に対して絶望感を抱えていたりすることがわかりました。
そして、発病の前兆として「あきらめコンプレックス」が共通に見られることを発見したのです。
さらに、ローチェスターチームは20年の調査を通し、すべての病気の80%は「あきらめコンプレックス」に起因すると結論しました。
あきらめコンプレックスとは、ショッキングな出来事により「状況をコントロールすることは不可能」と判断した結果、無力感に陥ってしまう状態で、あきらめ症候群とよく似ています。
わかりやすい例として、電気ショックを与え続けた動物が挙げられます。最初は痛みから逃れようと逃げ回るものの、ショックから逃れられないとわかると、最終的に動物は逃げることをやめるのです。
挫折に対する反応は人それぞれですが、あきらめコンプレックスもまた、ネガティブな出来事をどのように認識しどのように意味付けを行うかにより、病気のかかりやすさや抵抗力に違いを生むことが証明された事例の一つです。
「あきらめ」の原因は「コントロール感」にあった

先述の調査チームは、「あきらめ」は固定された心理状態でなく、再挑戦を試みたり新しい方法を試したり、あるいは誰かの支援を受けたりすることで解消できる──とも結論しました。
一方で、スウェーデンやナウル共和国の症例では、10年もの歳月の支援を受けても症状が改善されない深刻な例も報告されています。
このことから、「あきらめ」を解消する余地があるフェーズが「あきらめコンプレックス」、過酷な体験や絶望感により脳が何らかの損傷を受け、改善が難しくなったフェーズを「あきらめ症候群」と定義することができそうです。
いずれにせよ、あきらめずに前向きな姿勢でがんと闘病した結果、特殊な治療を施さずにステージ4の深刻な末期がんを克服した事例や、白血病の闘病患者が、自身が抱える問題をコントロールできていると感じているか否かで病状や身体反応が異なるという調査報告もあります。
つまり、深刻な状況においては特に「あきらめるかあきらめないか」が、運命の分かれ道になる可能性が大きく、あきらめた人は「物事を自分でコントロールできている」というコントロール感が薄いまたは無い、あきらめない人は逆にコントロール感が高い傾向にあるということです。
がんを克服した実際の事例については「“がん”はなぜ治るのか ~がんが治癒した5つの事例~」で詳しく紹介しています。本記事と併せてご覧ください。
日常的に存在する「あきらめ感」
「あきらめ」の気持ちは心身のパフォーマンスを低下させ、場合によっては生死をも左右する重大な要素であることが数々の事例からわかります。
本記事ではいくつかの深刻な事例を紹介しましたが、実は「あきらめ感」はとても身近で、私たちの暮らしの中にも日常的に存在します。
たとえば、パートナーとの別離や家族とのいざこざなど、人間関係に伴う喪失感や無力感、失恋に伴う悲しさなどからも「あきらめ感」が生まれ、小さな挫折を味わう原因になり得ます。
第三者にとっては大した問題でないように見えても、当事者には精神的ショックが大きく、強いあきらめ感を伴う出来事はしばしば起こり得ます。
しかし、こうした挫折に対してどのような感情を抱き、どのように反応するかは、人によって異なるものです。
言うまでもなく、問題を解消するための対策や計画を持っていない人や、希望を見出せない人、挫折により人生に意義や目的を見出せなくなってしまった人ほど免疫力が低下し、何らかの病気を発症する確率が高くなります。
つまり「あきらめ感をいかに克服するか」が重要な課題であり、この課題にうまく取り組めるかどうかで運命が大きく変わる可能性があるのです。
スウェーデンやナウル共和国の難民問題は、確かに個人で対策するのが難しい深刻な社会問題です。ですが、人間関係や健康問題、仕事や経済的な問題など私たち日本人にとって身近な問題の大半には、必ず解決策や対策があります。
そして、問題や課題に対策するには、技術的な知識や知恵、経験はもちろん、何よりも「やればできる」という「あきらめない気持ち」と、「状況を自分でコントロールできる」という「コントロール感」を持つことが重要なのです。
「あきらめない気持ち」や「コントロール感」を獲得する方法については、「抗体源を増やして免疫力を高める方法を解説! 人間関係やリラックスが鍵」と「人間はリラックスした状態が最強! 病魔にも打ち勝つリラックスのメカニズム」の記事で詳しく紹介しているので、併せてご覧ください。
楽観的に人生を楽しもう
うつ病と異常心理学の世界的権威である米国の心理学者マーティン・セリグマンは、困難を悲観的に捉えるとTリンパ細胞(感染した細胞を排除するリンパ球)とNK細胞(病原体やがん細胞を排除するリンパ球。ナチュラルキラー細胞)の免疫機能が阻害され、病気のリスクと死のリスクを高めることを突き止めました。
また、「悲観的な人は楽観的な人より10年早く死ぬ」という見解も示しています。
あきらめ症候群やあきらめコンプレックスに関連するさまざまな事例からは、「希望を持って生きることの大切さ」がわかります。
時には「考えてもわからないことは考えない」くらいの鈍感力があった方が、心身の健康には良いのかもしれません。
英語圏には「Worrying is like a rocking chair: it gives you something to do but gets you nowhere.」という格言があります。「悩みはロッキングチェアのようなもの。何かしている気にはなるが、実際にはどこにも行けない」という意味で、転じて「悩むのは無意味である」というメッセージです。
不安や悩みに押し潰されそうな時は、この言葉を思い出して自分を鼓舞してみてはいかがでしょうか。
【参考サイト】
・NHL国際ニュースナビ「生きることをあきらめる人たち 絶望が招く「あきらめ症候群」」
・HONZ「『眠りつづける少女たち』 集団発生する〈謎の病〉の原因とは」


